トーキョーウエストブログ
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【東京ウエスト動物病院 東京都・小平市】
目次
1.乳び胸とは
2.今回の症例
3.検査
4.緊急的処置
5.CT検査
6.術前に行った評価と準備
7.この症例で特に難しかった点
8.実施した手術:胸管結紮と心膜切除
9.麻酔管理と痛みの管理
10.術後管理で最も大切なこと
11.東京ウエスト動物病院で大切にしていること
12.犬の呼吸が苦しそうな時に注意したい症状
13.乳び胸の原因
14.内科治療と外科治療の違い
15.乳び胸は再発することがあります
16.まとめ
* 今回の症例から学ぶ4つのポイント
* 私たちが目指しているもの
犬で「胸に水がたまる病気」と聞くと、心臓病や腫瘍を思い浮かべる方も多いかもしれません。胸の中に液体がたまる状態を「胸水」といいます。胸水が増えると、肺が十分にふくらみにくくなり、呼吸が苦しくなることがあります。
今回は、胸の中に本来は白く濁ったリンパ液がたまる「乳び胸」という病気が疑われ、開胸手術を行った柴犬の症例をご紹介します。
乳び胸は犬では比較的まれな病気です。今回の症例では、少し血液が混ざりピンク色を呈しており、胸水だけでなく気胸、胸膜の変化、食道拡張、高血圧なども確認されており、麻酔管理・手術・術後管理のすべてに慎重な対応が必要でした。
1.乳び胸とは
乳び胸とは、胸の中に「乳び」と呼ばれる白く濁った液体がたまる病気です。乳びは、脂肪分を含んだリンパ液の一種です。通常は体の中のリンパ管を通って流れていますが、何らかの理由で胸の中に漏れ出すと、胸水としてたまってしまいます。
胸の中に水がたまると、肺が押されて広がりにくくなります。そのため、呼吸が速くなったり、苦しそうにしたり、運動を嫌がったりすることがあります。
乳び胸の原因には、心臓病、腫瘍、血栓、外傷、横隔膜ヘルニア、フィラリア症などが関係することがあります。一方で、詳しく検査をしても明確な原因が見つからない場合もあり、そのようなものを「特発性乳び胸」と呼びます。
2.今回の症例
今回の症例は、柴犬、2歳11ヶ月齢、オス未去勢、15.58kg の子です。
5ヶ月ほど前から散歩の度に少し歩くと息が苦しそうになり止まってしまう、腹式呼吸でハーハー言っている、元気がない、ごはんを食べる量が少ない、便は出ているとのことでした。
元々は、このような事から健康診断を希望され来院されたものです。
3.検査
血液検査では、一部で赤血球系の軽度な変化と血小板数の軽度低下が認められましたが、白血球数の大きな増減、低タンパク血症、高血糖、高脂血症、肝障害、黄疸、腎障害、炎症マーカー(CRP)の高値、膵障害、明らかな電解質異常は認められませんでした。
血圧は高く、最高血圧 173mmHg、平均 141mmHg、最低 124mmHg でした。
レントゲン検査では、胸の中に液体がたまっていることが確認されました。

胸部Lateral像
胸腔内に胸水がたまり
心臓や肺は見づらく
気胸も見られています

胸部DV像
左右の胸腔内に胸水がたまり
心臓や肺の形は不明瞭に
なっています
今回の症例でも、胸水による肺への影響が心配される状態でした。胸水の影響で、心臓や肺の輪郭は確認しづらい状態でした。胸水が増えると、肺が外側から押されてしまい、十分にふくらみにくくなります。そのため、呼吸が速くなったり、苦しそうにしたりすることがあります。
腹部については、明らかな腸閉塞や大きな腹部腫瘤を疑う所見は目立たず、主な問題は胸部、特に胸水による呼吸への影響と考えられました。
心電図検査では、心拍数183回/分の頻脈は認められ、波形上は洞性頻脈を主体に考える所見でした。

QRS幅は40ms、QRS軸は42°で、明らかな伝導障害や重度の軸偏位を強く疑う所見は目立ちませんでした。心電図上では、麻酔前に直ちに問題となるような明らかな致死性不整脈は確認されませんでした。
ただし、胸水や気胸がある症例では、麻酔中に低酸素や換気不全が起こると不整脈が出る可能性はあるため、術中は心電図を含めた厳重なモニタリングを実施しています。
心臓超音波検査では、左心室の収縮機能を評価しました。左室内径短縮率(FS)は27%、駆出率(EF)は54%であり、左心室の収縮力は大きく低下している状態ではありませんでした。左室拡張末期径の体格補正値(LVIDDN)は1.354で、画像上、明らかな左心室拡大を強く疑う所見は目立ちませんでした。
左房については、左房径が29.2mmと計測されました。胸水症例では心臓の輪郭や位置関係が変化し、評価が難しくなることがありますが、提示画像上、重度の左房拡大を強く疑う所見は目立ちませんでした。少なくとも、左心系の明らかな拡大や重度の収縮不全によって胸水が生じている、という所見は強くありませんでした。
また、肺動脈と大動脈の比率を確認したところ、肺動脈径13.0mm、大動脈径13.0mm、PA/Ao比は0.99でした。これは、肺動脈が大きく拡張している所見ではありません。右室流出路の血流速度は0.99m/s、圧較差は約4.0mmHgであり、画像上は強い肺高血圧を疑う所見は目立ちませんでした。
カラードプラ検査でも、提示画像上、重度の弁逆流を強く疑う所見は明らかではありませんでした。ただし、胸水がある症例では検査条件により見え方が変わるため、心臓超音波検査の結果は、レントゲン検査、CT検査、血液検査、胸水検査と合わせて総合的に判断します。
今回の心臓超音波検査では、心臓の収縮機能は大きく破綻しておらず、重度の左心不全や強い肺高血圧を積極的に疑う所見は目立ちませんでした。
超音波エコー検査で胸水貯留が認められ、胸水がたまり、呼吸状態への影響が心配される状態でした。画像検査では、胸の中に液体がたまっていることに加え、気胸、胸膜の肥厚、食道拡張なども確認されました。
心電図検査では、心拍数183回/分の頻脈が認められましたが、波形上は洞性頻脈を主体に考える所見でした。QRS幅は40ms、QRS軸は42°で、明らかな伝導障害や重度の軸偏位を強く疑う所見は目立ちませんでした。提示された心電図上では、麻酔前に直ちに問題となるような明らかな致死性不整脈は確認されませんでした。ただし、胸水や気胸がある症例では、麻酔中に低酸素や換気不全が起こると不整脈が出る可能性があるため、術中は心電図を含めた厳重なモニタリングが必要です。
4.緊急的処置
初診当日、穿刺により胸水を抜去(1320ml)し、その後、酸素濃度30%の酸素室で管理しました。呼吸の様子からも慎重な管理が必要な状態でした。

抜いた胸水 (1320ml)
胸水の検査では、色調はピンク色、漿液性、比重 1.025(1.018<)、TP 3.4g/dL で変性漏出液の性状を示していました。
5.CT検査
飼主様には、精査のためCT検査をお勧めし、全身麻酔下でのCT所見は以下に示す通りです。

CT所見においては、胸管の破綻を明確に示唆する所見は見られませんでした。乳び槽において、分枝の増加や径の減少は見られていました。
また、下図のように、多量の胸水、胸膜の軽度肥厚、造影増強の亢進、多量のガス貯留像(気胸像)は見られていました。複数の前縦隔リンパ節の軽度腫大(形態や造影効果の異常はなし)を認めました。

今回のCT検査では、腫瘍、フィラリア、血栓症、横隔膜ヘルニアなど、二次性の乳び胸を強く疑う明らかな所見は確認されませんでした。このことから、特発性乳び胸が強く疑われました。
これらの所見を受けて、手術(胸管結紮と心膜切除)を予定することになりました。
6.術前に行った評価と準備
高リスクの胸部外科では、手術そのものだけでなく、手術前の評価と準備が非常に重要です。
今回の症例では、胸水量、気胸の有無、呼吸数、努力呼吸の有無、酸素化、血圧、血液検査、凝固系、脱水の有無などを確認しながら、麻酔と手術に進める状態か否かを慎重に判断しました。
胸水が多い場合は、必要に応じて術前に排液を行います。気胸がある場合は、脱気が必要になることもあります。呼吸の様子が不安定なまま麻酔に入ることは危険なため、できるだけ呼吸を落ち着かせてから手術を行うことが大切です。今回も手術直前に胸水 750ml を抜いています。
また、麻酔導入後にすぐ人工換気へ移行できるように準備し、胸腔ドレーン、吸引器、酸素管理、鎮痛薬、緊急薬、加温装置なども事前に確認しました。
このような症例では、獣医師だけでなく、看護師を含めたチーム全体が「どこが危険なのか」「術後に何を重点的に見るのか」を共有しておくことはとても大切です。
7.この症例で特に難しかった点
今回の症例で最も注意すべき点は、呼吸管理でした。
この症例は単純に胸に水がたまっているというだけではなく、胸水により肺が広がりにくくなるリスクがあり、さらに気胸もあるため、麻酔導入後に呼吸状態が悪化する可能性がありました。食道拡張も確認されていたため、麻酔中や覚醒時の逆流・誤嚥にも注意が必要でした。
胸水が多い状態では、肺が十分に広がりません。そこに麻酔をかけると、呼吸の力が弱くなり、酸素化が悪くなることがあります。また、気胸がある場合には、胸の中に空気がたまることで、さらに肺が広がりにくくなる可能性があります。
次に重要だったのは、術後の呼吸不全のリスクです。乳び胸が慢性的に続いていると、胸膜に炎症や肥厚が起こり、胸水を抜いたあとでも肺が十分に再膨張しにくいことがあります。つまり、手術が終わればすぐ安心という症例ではなく、術後の呼吸管理まで含めて慎重に見る必要がありました。今回は、人工呼吸器や用手法による呼吸管理を実施しています。
さらに、食道拡張がある場合、麻酔中や覚醒時に胃内容物が逆流し、誤嚥性肺炎を起こすリスクがあります。このため、麻酔前から覚醒後まで、体位、吸引、覚醒管理、制吐管理には注意が必要でした。
また、高血圧も確認されていたため、麻酔中の血圧変動にも注意することが必要でした。術前に血圧が高い症例では、麻酔導入後に急に血圧が下がることもあります。高すぎても低すぎても問題になるため、循環管理、鎮痛管理も重要なポイントでした。手術中は点滴のほかドブタミンのCRI を、鎮痛としてはフェンタニルパッチ、フェンタニルCRI 、レペタンを使っています。
8.実施した手術:胸管結紮と心膜切除
(この項では、手術中の写真を掲載しています。苦手な方はご注意ください)
今回の症例では、乳び胸に対する外科治療として、胸管結紮と心膜切除を行いました。
胸管結紮とは、乳びが胸の中に漏れ続けないように、原因となるリンパの通り道を処理する手術です。ただし、胸管は必ずしも1本だけではありません。複数の細い枝に分かれていることもあり、見落としがあると乳び胸が再発する可能性があります。そのため、胸管の走行や分枝を意識しながら、慎重に処置する必要があります。

心膜切除とは、心臓を包んでいる膜の一部を切除する手術です。乳び胸の手術では、胸管結紮と組み合わせて行われることがあります。心膜の一部を切除することで、胸の中の液体の流れや吸収を改善し、胸水の再貯留を抑える目的があります。

胸を閉じるに当たり胸腔内に設置する胸腔ドレーンと胸腔内の空気を抜くための抜気用チューブを示します。

この手術は、胸を開けて行う開胸手術です。胸の中には、心臓、大血管、食道、肺、神経など重要な構造が多く存在します。そのため、正確な解剖の理解と慎重な操作が必要になります。

今回の事例では、整形外科や胸部外科など高度な外科治療を専門とする獣医師とも連携し、症例ごとに最適な治療体制を整えて手術に臨んでいます。
9.麻酔管理と痛みの管理
開胸手術では、麻酔中の呼吸管理が非常に重要です。胸を開ける手術では、通常の手術以上に換気管理が難しくなることがあります。
今回のように、胸水や気胸がある症例では、麻酔導入後に酸素化が悪化する可能性があります。そのため、導入前から十分な酸素化を行い、挿管後はすぐに陽圧換気ができるように準備しました。
麻酔管理:手術中は、心電図や血圧、酸素飽和度(SpO₂)、呼気終末炭酸ガス濃度(EtCO₂)などを継続して監視し、心臓や呼吸の状態を細かく確認しながら、安全性を高められるように管理しました。
特に胸部外科では、低酸素、高二酸化炭素、胸腔内操作、迷走神経反射などにより、徐脈や不整脈が出ることもあります。
また、開胸手術は術後の痛みが強く出やすい手術です。痛みが強いと、呼吸が浅くなり、肺が十分に広がらなくなることがあります。これは術後の回復にも悪影響を与えます。
そのため、フェンタニルなどの強い鎮痛薬を使用し、必要に応じて局所麻酔や肋間神経ブロックも組み合わせます。
今回は、フェンタニルパッチ、レペタン(ブプレノルフィン)、フェンタニルCRI(持続定量点滴:Continuous Rate Infusion)などを組み合わせ、痛みとそれに伴う呼吸への負担をできるだけ抑えるように管理しました。
単に「かわいそうだから痛みを取る」というだけでなく、呼吸を守るためにも非常に大切です。
10.術後管理で最も大切なこと
今回の症例では、術後の呼吸が安定しているかどうかを最も重要なポイントとして管理しました。
開胸手術が終わったあとも、胸水の再貯留、気胸、胸腔ドレーンの閉塞、肺の再膨張不全、誤嚥性肺炎、低体温、血圧異常などに注意が必要です。特に術後24時間は、状態が変化しやすい時間帯です。
術後は、呼吸数、努力呼吸、舌の色、酸素飽和度、胸腔ドレーンから出る液体の量・色・性状、痛みの程度、体温、血圧、尿量などを確認しました。
酸素ルームから出して
処置をする間も
酸素の供給は簡易のマスクを
付けて行っています
胸腔ドレーンは、胸の中の液体や空気を管理するために重要です。ドレーンからの排液が急に減ったにもかかわらず呼吸が悪化する場合には、ドレーンの閉塞や胸水の再貯留を疑う必要があります。
つまり、このような症例では「手術が終わったから安心」ではなく、「術後の呼吸をどう守るか」が非常に重要になります。
胸腔ドレーンでの排液量の推移を下に示します。だんだんと減っていく様子は見られています。

✔ 退院時の胸部レントゲンで確認した改善
術後は、胸腔ドレーンから出る液体の量、呼吸の様子、酸素化、痛みの程度を確認しながら管理しました。退院前には胸部レントゲン検査を行い、初診時と比べて胸水の量や肺の広がり方を確認しました。
初診時の胸部レントゲンでは、胸腔内に多量の胸水がたまり、心臓や肺の輪郭が確認しづらい状態でした。胸水が多いと、肺が外側から押されてしまい、十分にふくらみにくくなります。そのため、呼吸が速くなったり、苦しそうになったりします。
退院時の胸部レントゲンでは、初診時と比較して胸水の貯留は減少し、肺が広がりやすくなっている様子が確認されました。心臓や肺の輪郭も初診時より確認しやすくなり、胸腔内の状態は改善傾向と判断しました。
レントゲン画像を以下に示します。
胸部ラテラル像の比較

胸部DV像の比較

上記のように、初診時は胸水が多く、肺や心臓の輪郭が見えにくい状態でした。
退院時には胸水は減少し、肺は広がりやすくなっている様子が確認されました。
ただし、乳び胸は再発することがあるため、退院後も呼吸状態の確認を継続していきます。
乳び胸は再発することがある病気です。レントゲンで改善が確認できても、完全に安心というわけではありません。退院後も、呼吸数、呼吸のしやすさ、元気、食欲、胸水の再貯留の有無を継続して確認していくことが大切です。
11.東京ウエスト動物病院で大切にしていること
東京ウエスト動物病院では、高難度の症例に対して、手術だけを切り離して考えるのではなく、診断、術前評価、麻酔管理、手術、術後管理までを一連の流れとして考えることを大切にしています。
特に胸部外科では、手術手技だけでなく、麻酔中の呼吸管理、循環管理、術後の酸素管理、胸腔ドレーン管理、痛みの管理が重要です。どれか一つが不十分でも、安全性が下がってしまいます。
また、必要に応じて専門性の高い外科医とも連携し、症例ごとに最も適切な治療方針を検討しています。高難度の手術では、「手術をすること」だけが目的ではありません。手術に進める状態かどうかを見極め、リスクを整理し、チーム全体で準備をしてから治療にあたることが大切です。
今回の症例でも、呼吸状態、胸水、気胸、食道拡張、高血圧、術後疼痛など、多くのリスクを一つずつ確認しながら対応しました。
12.犬の呼吸が苦しそうな時に注意したい症状
犬の呼吸が苦しい状態は、緊急性が高いことがあります。次のような症状がある場合は、早めの受診をおすすめします。
呼吸が速い、寝ていても呼吸が荒い、胸やお腹を大きく動かして呼吸している、舌や歯ぐきの色が悪い、咳が続く、散歩を嫌がる、すぐ疲れる、横になって眠れない、急に元気や食欲が落ちた、胸水を指摘されたことがある、などの症状がある場合は注意が必要です。
胸水の原因は乳び胸だけではありません。心臓病、腫瘍、炎症、感染、低タンパク血症、外傷など、さまざまな原因があります。そのため、呼吸が苦しそうな場合には、まず原因を調べることが大切です。
13.乳び胸の原因
乳び胸は、胸の中に「乳び」と呼ばれるリンパ液がたまる病気です。乳びは、腸から吸収された脂肪分を含むリンパ液で、本来は胸管という細い管を通って体の中を流れています。何らかの理由でこの流れに異常が起こると、乳びが胸の中に漏れ出し、胸水としてたまることがあります。
乳び胸の原因には、心臓病、腫瘍、血栓、外傷、フィラリア症、横隔膜ヘルニアなどが関係することがあります。また、検査を行っても明らかな原因が見つからない場合もあり、そのようなものを「特発性乳び胸」と呼びます。
今回の症例では、CT検査や心臓超音波検査などを行い、胸水の原因となる腫瘍や重度の心臓病が明らかに確認される状態ではありませんでした。そのため、胸水の性状や画像検査の結果を総合して、特発性乳び胸の可能性を考えながら治療方針を検討しました。
乳び胸は、見た目だけでは通常の胸水と区別できないことがあります。そのため、胸水を実際に採取し、色、性状、細胞成分、中性脂肪値などを確認することが重要です。
14.内科治療と外科治療の違い
乳び胸の治療には、内科治療と外科治療があります。
内科治療では、胸水を抜いて呼吸を楽にする処置、低脂肪食への変更、薬による管理などを行います。胸水の量が少ない場合や、全身状態を整える必要がある場合には、まず内科的に管理することがあります。ただし、胸水が何度もたまる場合や、呼吸への影響が大きい場合には、内科治療だけでは十分にコントロールできないことがあります。
外科治療では、乳びが胸の中に漏れ続けることを抑える目的で、胸管結紮という手術を行います。胸管は乳びが流れる通り道であり、この通り道を処理することで、胸水の再貯留を減らすことを目指します。また、症例によっては心膜切除を併用することがあります。心膜切除は、心臓を包む膜の一部を切除する手術で、胸の中の液体の流れや吸収を改善する目的で行われます。今回の症例では、胸管結紮と心膜切除を併用しました。
内科治療は体への負担が比較的少ない一方で、胸水が再びたまる可能性があります。外科治療は、原因に対してより積極的に対応する治療ですが、開胸手術となるため、麻酔管理、呼吸管理、痛みの管理、術後の胸腔ドレーン管理が非常に重要になります。
今回の症例では、胸水による呼吸への影響があり、内科的な管理だけでは十分な改善が難しい可能性があったため、胸管結紮と心膜切除を行う方針となりました。
15.乳び胸は再発することがあります
乳び胸は、手術を行っても再発する可能性がある病気です。これは、胸管が1本だけではなく、複数の細い枝に分かれていることがあるためです。手術ではできる限り乳びの流れを抑えるように処置しますが、細い分枝が残っていたり、新しいリンパの流れができたりすると、胸水が再びたまることがあります。
また、長期間胸水がたまっていた症例では、胸膜に炎症や肥厚が起こり、胸水を抜いても肺が十分に広がりにくいことがあります。そのため、手術後も呼吸状態、胸水の再貯留、胸腔ドレーンからの排液量、食欲、元気、体重などを継続して確認する必要があります。
乳び胸の治療では、「手術をしたら終わり」ではありません。手術後の経過観察、画像検査、胸水の再確認、食事管理などを含めて、長期的に見守ることが大切です。
今回の症例でも、手術そのものだけでなく、術後の呼吸管理と胸水の再貯留の確認を重視しました。東京ウエスト動物病院では、手術前の評価から術後の管理まで、症例ごとにリスクを整理しながら治療を進めています。
16.まとめ
乳び胸は、犬では比較的まれな病気です。胸の中に乳びがたまることで肺が広がりにくくなり、呼吸が苦しくなることがあります。
今回の症例では、胸水だけでなく気胸、胸膜の変化、食道拡張、高血圧なども確認されており、通常の手術以上に慎重な麻酔管理と術後管理が必要でした。胸管結紮と心膜切除という開胸手術を行い、術後も呼吸状態、胸腔ドレーン、鎮痛処置を中心に管理しました。
東京ウエスト動物病院では、症例ごとにリスクを整理し、必要に応じて専門性の高い外科医とも連携しながら、できる限り安全性を高めた治療を心がけています。
犬の呼吸が苦しそう、胸水を指摘された、原因不明の呼吸異常がある、という場合には、早めにご相談ください。
最後に、手術10日目での散歩の動画です。
初診時は、散歩の度に少し歩くと息が苦しそうになり止まってしまう、腹式呼吸でハーハー言っている、元気がない、ごはんを食べる量が少ないなどのお話がありましたが、元気に散歩ができるようになりました(動画 26秒)。
呼吸が苦しい症例では、検査結果だけでなく、その子の呼吸の様子、胸水の量、全身状態、麻酔リスクを総合的に判断することが大切です。東京ウエスト動物病院では、症例ごとに必要な検査と治療方針を検討し、手術前から術後管理まで慎重に対応しています。
● 今回の症例から学ぶ4つのポイント
・胸水症例では原因検索が重要
・胸水と気胸の併発では麻酔リスクが高い
・胸管結紮だけでなく心膜切除を併用することがある
・手術だけでなく術後管理が成績を左右する
● 私たちが目指しているもの
私たちが目指しているのは、難しい手術を行うことそのものではありません。その子が少しでも安心して呼吸ができ、ご家族と穏やかな毎日を取り戻せるよう、診断から手術、術後管理まで責任を持って支えることです。
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