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最初に、今回の絹糸に関する情報の一部は、当時のスタッフの中さん(獣医師)、齊藤さん(獣医師)、松田さん(研修生)からご提供いただいたものであることを先に申し添えます。
手術時の縫合糸は、改良に改良を重ね、現在では用途に応じて様々な素材のものが使用されています。その中で古くから定着している糸の一つに絹糸(けんし、きぬいと)があります。我が国ではなぜか絹糸が多用されてきた歴史がありますが、その背景にはひょっとしたら、日本人特有の絹神話の影響によるものなのかな、なんて一人で考えています。でも、その辺りの状況はかなり変わってきているようです。
紀元前3000~6000年頃には始まっていたとされる絹の生産、この絹は現代においても高級素材であり、蚕が作る『自然素材』であることからアレルギーについて以前は綿を含めて無難とされていました。しかし、実際には衣服の絹アレルギーもすでに知られていて自然物だから安全とは言い切れないようです。
絹は、手術時の縫合材料の絹糸としても随分前から販売・使用されています。外科医にとっての絹糸の特性は、しなやかで結びやすく、ほどけにくいという点でした。だけど、生体にとっては異種蛋白となり得ますので、その意味では組織反応性はあるといえます。

縫合用絹糸のイメージ
この素材が縫合糸として生体内に埋め込まれた時、下記の参考文献にもあるように過剰に異物反応を引き起こす場合のあることが知られており、肉芽腫(にくがしゅ、にくげしゅ)を形成する可能性のあることが示されています。
犬の手術例でもすべての例でというわけではないでしょうが、このようなリスクは知られています。
以下に、1990年からの学術論文等の一部を示します。一般の方には少し専門的過ぎる内容かも知れませんが、学術的背景を示す参考資料として挙げたものです。興味のある方は目を通してみてください。
■Anastomotic suture granuloma following radical retropublic prostatectomy.
根治的恥骨後前立腺摘出術後の吻合性縫合肉芽腫
Scheidler DM, Foster RS, Bihrle R, Scott JW, Litwiller SE
J. Urology 143(1) 133-134 1990
■Stitch granulomas following inguinal herniotomy: a 10-year review.
そけい部ヘルニア手術後の縫合部肉芽腫:10年間のレビュー
Nagar H
Pediatric Surgery 28(11) 1505-7 1993
■Histologic effects of different suture materials in microsurgical anastomosis of the rat uterine horn.
ラット子宮角の微少吻合術における各種縫合用材料の組織学的影響
Quesada G, Diago V, Redondo L, Rodriguez-Toves L, Vaquero C.
J. Reprod Med 40(8) 579-84 1995
■Case report: paravesical suture granuloma resembling bladder carcinoma on CT scanning.
ケースレポート:CTスキャン検査において膀胱癌に類似した所見を示した膀胱傍の縫合糸肉芽腫
Carroll KM, Sairam K, Olliff SP, Wallace DM
Br J Radiol 69(821) 476-8 1996
■An operative case of suture-granuloma which resulted from an intra-pulmonary treatment 10 Years ago and manifested hemoptysis.
喀血まで引き起こした、10年前の肺臓内治療に起因した縫合糸肉芽腫の手術症例の1例
Baba K et al.
Kyobu Geka 49(12) 1048-51 1996
■縫合糸のアレルギー反応(紹介記事から)
as(animal specialist)誌 No.218 March p.58 2008
このように絹糸は肉芽腫の発生を促すことがあるようです。仮に過剰反応が出てしまった場合には、炎症を抑えたり、糸やその周囲の肉芽腫を取り除くなど対処方法はあるにしても、深部組織の場合では手術で摘出するのも大変ですし、また、絹糸が組織内に残っている状況では再発の可能性も考えられます。
また、前もって過剰反応が出るか否かを知ることは予測できませんので、現状では、絹糸は組織内には使用しない方がいいと考えられます。
当院では、現在、絹糸 が生体内に残るやり方は行っていません。
また、2010年3月からは下の写真の 超音波手術装置 Sonosurge(ソノサージシザース) を導入し、どのようなタイプの糸でもできるだけ生体内に残さない手術を実施しています。

追記:絹糸を含めていずれの糸にも一長一短があり、すべての面でオールマイティーな糸があるわけではありません。その時々の状況や時代に応じてよりベターな糸を使い分けていくことが大切です。今後、他の糸でも同じような指摘を受けたり、いつの日か絹糸の製造処理方法が改善され、利点はそのまま活かし、肉芽腫を引き起こさない新しいタイプの絹糸が出てくることも期待できるのではと考えたいと思います。

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